プロフィール

プロフィール

私が何者であるか、簡単に自己紹介をしたいと思います。

1983年生まれ

大阪府出身

略歴

→大学入学と同時に吉本養成所NSCへ
→芸人生活
→大学も無事卒業後も芸人
→絶望的に売れない
→さまざまなアルバイトをこなし有能フリーター芸人に
→芸人を諦めアメリカに逃亡
→帰国後ふらふら
→初めての会社経験
→ビジネスホテル運営
→温浴施設責任者
→ニート
→飲食業の新店舗の立ち上げのお手伝い
→未経験からフリーランスになるべくWeb業界を目指す←イマココ

芸人時代

高校を卒業後大学入学と同時に吉本興業の養成所NSCに入学。途中からは大学を休学し、芸人としてキャリアがスタートしました。

われわれの同期は入学当時、お笑いブームということもあり1000人近くの入学者がいました。そのうち3ヶ月で半分になり、1年後の卒業の頃には200人程度になっていました。

別に学校がスパルタだったわけではありません。最初は人前でネタをするということが、TVで見ているよりも想像以上に難しかったからではないでしょうか。しかも同期と講師だけの前でのネタ見せ。笑いなんてもちろん起きません。それが結構辛くて勝手に辞めていくんだと思います。

NSCを卒業してからは大学に復学、無事卒業いたしました。

そこからアルバイトを転々としながら芸人活動に励みます。
同期、後輩が売れていく様子やただの社会不適合者や何者でもなかった人達が、人気者になっていく様子を間近で見ることがでました。

才能あるが堕ちていくもの、努力して這い上がるもの、様々なタイプの人間に出会えました。その中で一緒に舞台をつくれたことは非常にいい経験をしたと思います。

初舞台の給料は500円で源泉引かれて450円だったように記憶してます。TVで聞いていましたが、本当だったみたいです。しかし明細書が送られてきたときは額面に驚くよりも、初めての芸人としての給料に嬉しくて震えたのを覚えています。

結局全く売れる兆しが見えずに、9年間の芸人人生に幕を降ろすこととなりました。5年やって売れなかったら辞めようた思ってたので、逆になかなか諦めが悪かったようにも思います。続けるという決断も難しいですが、それ以上に辞めるという決断も難しかったです。実力主義で変なやつ揃いの楽しい世界だったからでしょうか。

それから目標を見失いました。

アメリカ留学

27歳で特にやることを決めて辞めた訳ではないので、どうしようか迷っていました。

ちょうど知り合いがラスベガスにいるということでそれを頼りに留学を決めました。

目標はとりあえず軽く英語が話せたらいいかな程度。海外には全く興味が無く「一生日本でいいし、英語もいらないな」と考えていたのでとても大きな変化でした。

当時もちろん英語は全く話せません。大学受験でちょろっと勉強した程度。今考えるとよく行ったと思います。

そこでもいろんな体験をさせていただきました。語学学校に通いながら初めての海外生活。

初体験の連続でした。車の運転やカジノのある街を歩くこと、2人組の男達に財布を強奪されたこと。日本ではなかなか体験出来ません。

ひょんな事から、ある日本の貿易会社の社長さんと知り合い、いろいろお世話していただきました。その節は大変感謝しております。

1年の遊学を満喫し帰国。

英語は完璧にはほど遠いものの、海外に興味が湧き世界中を見てみたくなりました。

海外の恐怖心も無くなり、なんとかなるかもって思えるようにもなりました。
だって全く英語出来なかったのが、1年後にはなんとかコミュニケーションはとれるようになった訳ですから。

おかげで台湾・韓国・カナダ・タイなどに旅行するようになり、より海外に目が行くようになりました。

いつかいろいろな違う国で住むのが今の夢でもあります。

帰国

帰国してみて少しのニート生活に突入。

その間にアメリカで買い付けたブランドを個人輸入できないかと試してみました。当時COACHなどのアメリカブランドが日本で人気で、アメリカと日本でそれなりの価格差ができていました。

買い付けた分はそれなりに販売はできました。しかし仕入れに現地へ行って大量に買い付けて売りさばくということがなかなか難しく、そこまでの資金を用意できなかったので途中で断念してしまいました。そもそもこのビジネスに熱中出来なかったのが敗因でもあるように思います。

組織

芸人を目指していたこともあり、正社員で働くということは全く考えておりませんでした。そもそもサラリーマンなんて、とても務まらないと考えておりました。きっと雇ってくれるところもないし、雇われたくもなかったんです。起業して自分でなにかするしか無いと考えておりました。

それからは、次の起業の準備と生活を立て直すために家電・携帯の販売に派遣として働き始めます。成績は良かったと思います。

いままで16歳の頃からサービス業のアルバイトは数々経験しております。どれも接客業なので人と接する仕事が得意だったんだなと改めて思います。いろんな会社を見れたのも良かったです。

そんな時に知り合いの会社からお誘いを頂き、人生で初めて正社員というものになりました。

こちらの会社もサービス業を展開している会社で、現場に入ることとなります。

目の前の業務を全力で改善・売上を上げる方法を考えるということは、アルバイトでも社員でも変わりありません。しかし与えられたポジションはより重要な責任がかかってきます。

そんなに大きな会社ではなかったので、経営に関わることまで参加しておりました。

経理や売上全般の数字の管理、人事の採用、施設の管理・補修、商品や広告やイベントの企画、マーケティング、クレーム対応、さまざまな業者とのやりとりなど、業務にまつわるほぼ全てを任されておりました。そして組織の一員として働くということを経験いたしました。

退職

あっという間に5年が過ぎていました。

仕事ではたくさんのやらなければいけないことがあり、責任感も有りましたので充実はしていました。しかし、新しいことへの渇望があり、日常を消化している感が日に日に増していきました。

組織に属している以上、思い通りにならないならないことも多すぎてかなりのストレスになっていました。

基本的に愚痴を言うのは好きではありません。不満があるなら改善・行動あるいは諦めるべきだと思います。会社や上司の愚痴を言う人を見ると「じゃあ、辞めたら」っていつも思います。

自分もいろいろ方法は試してみましたが改善出来ませんでした。いつかはわからない外部の状況が変わるまで我慢することも出来ませんでした。ふと愚痴がこぼれます。

退職することに決めました。

現在

まだ何者でもありません。

次のあてがあるわけでもなく突発的に退職したので確固たる方向性は決まっておりません。

ただ昔から好きなパソコンを使った仕事ができればと思っております。この歳で全く未経験のジャンルに飛び込むのはとても懸命な方法だとは思いませんが、やりたいことをやりたい時にやるしかないと思います。勉強する姿勢と向上意識があればある程度の年齢は関係ないと言い聞かせています。

ただし、やる気だけでは20歳の人に負けてしまいます。いままで経験したことをどういう風に活かして価値を出していくかを考えなければなりません。それは他の人にはない唯一のアドバンテージになるはずです。

社会に対して「価値の提供」「信頼」は最重要項目です。そこに立場や職業はあまり関係ありません。今やろうとしていることで、この2つを最大化すればお金や仕事は勝手に舞い込んでくるはずです。

人生はそれを実証するための実験だと思っております。ダメならダメの時。失敗したらまたやり直せばいいし。

以上です。
自己紹介は苦手ですが、簡単に言うと私はこんなやつです。
最後まで読んでいただいた奇特なあなた!長々とお付き合いありがとうございました。
普段はもっとふざけています。
普段はもっとふざけています。

ブログ

ブログは自分の勉強のためとアウトプットの場を確保するために始めました。

そして自分の知っている当たり前が、あなたにとっての当たり前とは限らないということを感じたからです。
ピーナッツの鳴き声がまだ知らない誰かに聞こえるといいなと思います。

少しずつですが更新していきますのでよろしくお願いします。